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国と県と村はこの成功を機会に、かねて計画されていた村立の文楽劇場の建設を促進し、平成4年4月25日、日本唯一の村立文楽劇場「文楽館」を、釘1本使わない和風建築によって竣工し、ら線型の特異な様式の天井を持つ資料館も、棟続きで完成した。
これまで所在さえも県民が知らなかった清和村は、文字通り文楽の里となり、隣接して食事もとれる物産館の建設によって観光客は四季を問わず訪れるようになり、その数は年間およそ100,000人に達する。
その後、天文台も開設され、清和は波野と並んで、県内で全国的に知られる著名な村となった。
そして、平成8年には清和文楽は全国伝承芸能大賞を贈られた。

 

(4)熊本県球磨村大瀬「文政三年棒踊り」

過疎市町村が文化によって地域おこしを試みようとする際に、どこに手掛りを持てばよいのかに迷っている市町村はかなり多い。
また、そうした端緒となる文化は何もないと信じ込んでいる市町村もある。
熊本県立劇場は文部省や文化庁をはじめ、県市町村や保存会が書いた文書よりも、全市町村を自分の足で歩いて人々と語りあう現場主義に徹した。
なぜならば、巡歴当初において、国県市町村の文書に、わが村(町)には江戸時代からこの芸能が伝承されていると記載されていても、実際にその村(町)へ行くと、過疎のためにすでに上演不能となっていたり、ほんの一部がしか上演出来なかったり、10数年前に演じたあとは一度も行われなかったりする芸能が、おびただしい数に上っている事実が判明したからである。助成金欲しさのために伝承されていると書いてあり、有名無実となっているものが多かった。
これは単に熊本県だけではなく、全国の伝承芸能の文書に見られることである。原因は国県市町村の行政が文書主義を建前とし、公務員が現場を見ていないためである。
昭和63年秋の初めに球磨村を訪れ、村人と語りあっていた時、大瀬義丸さんという人が、家にこのような巻物が代々伝わっているのですがと差し出したのは、文政3年(1862)に画かれた棒踊りの型を描いた巾30センチ、長さは両腕をひろげたほどの粗末な絵巻物であった。
棒踊りは鹿児島を発祥地として九州全土で盛んであるが、衣裳は剣道の稽古着に袴、草鞋に手甲脚半、襷を掛けて鉢巻きをし、先端が踵に着くほど長く垂れているのが定番である。

 

 

 

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